11月ついたちのお菓子は、「小菊」「木の葉」「深山」「秋色」の4種類でした。

小豆餡を使った煉切「小菊」

黄味餡を使った上用饅頭「木の葉」

上南羹を使った栗入羊羹「深山」

抹茶餡を使ったゴマ雪平「秋色」

毎月ついたちは「やまだいちの日。」
月にちなんだ手作りのお菓子を個数限定で販売しております。
やまだいちからのお知らせ
2026年11月01日(日)

11月ついたちのお菓子は、「小菊」「木の葉」「深山」「秋色」の4種類でした。

小豆餡を使った煉切「小菊」

黄味餡を使った上用饅頭「木の葉」

上南羹を使った栗入羊羹「深山」

抹茶餡を使ったゴマ雪平「秋色」

毎月ついたちは「やまだいちの日。」
月にちなんだ手作りのお菓子を個数限定で販売しております。
2026年10月20日(火)

道中用心集
「道中ハ一度に
ものをしたためず、
やすミやすミて
いくたひもくゑ」
スキ焼の話
江戸時代になると肉食が盛んになった。スキ焼の語源については種々議論はあるが、
その一、杉焼が変じたもの
その二、関西には魚スキあり、牛肉も薄く切って魚スキ同様にして食した。
その三、農耕の鋤(すき)で肉を焼いて食べ、これが正真正銘のスキ焼とした節(ふし)あり
2026年10月10日(土)

道中用心集
「道中の食に
よしあしいふ人は
土地も処も
見わかぬとしれ」
餅菓子の話
餅菓子の正真正銘の元祖は椿餅だ。古語では「ツバイモチ」と言う。
椿の葉の間に餅をつつんだもので、今の柏餅や櫻餅の先祖にあたる菓子。
東海道では江戸の桜餅と二川の柏餅が名物。
櫻の葉は静岡県伊豆の産である。
2026年10月01日(木)

10月ついたちのお菓子は、「里の秋」「菊」「山の幸」「秋の水」の4種類でした。

黄味餡を使った雪平「里の秋」

小豆餡を使った煉切「菊」

栗、白餡を使った小豆キントン「山の幸」

カルカンを使った小豆羊羹「秋の水」

毎月ついたちは「やまだいちの日。」
月にちなんだ手作りのお菓子を個数限定で販売しております。
2026年09月24日(木)

平素よりご愛顧いただき、誠にありがとうございます。
誠に勝手ながら、
皆さまに、よりスムーズにお買い物をしていただきたく、
やまだいちの日「ついたちのお菓子」のお会計を
10月より原則として『現金のみ』とさせていただきます。
【変更日】
10月1日(木)
突然の変更となり大変恐縮ですが、
何卒ご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。
今後とも、皆さまにご満足いただけるサービスを
提供できるよう努めてまいります。
皆さまのご来店をスタッフ一同、心よりお待ちしております。
2026年09月20日(日)

道中用心集
「上戸でも
旅て大酒
すべからず。
折々すこしのめば
りやうやく
りやうやく」
そばの話
そばの原産地は黒龍江バイカル地方の説があるが現在の形、そば切りができたのは徳川家綱の時代とされている。「寛文辰の年(一六六四)に、けんどんそばといふもの出来て、下々買喰ふ。貴人は喰ふ者なし。近来は歴々の衆も喰ふ。座敷へ上ると大名とて拵らへ出す」とある。
元禄の頃の句に「義士は皆、そばの力や夜の雪」
2026年09月10日(木)

東海道御案内
江戸中期の本を見ると、菓子には三種あった。
一、は、水菓子、クダ物を言う。
クダ物を水菓子とは うまい表現。
二、唐菓子とは中国渡来菓子。
三、もう一つは南蛮菓子である。
文明開花時代のこと。
「カステラ」の話
南蛮菓子が渡来したのは天文十八年(一五四九)、フランシス・ザビエルが旧教を広めるために来朝した時に土産に持って来たのが始まり。スペインにカステイラ王國というのがあった。これをポルトガル語式では「カステラ」となる。この王國で出来た菓子を「カステラ」という様になった。
2026年09月01日(火)

9月ついたちのお菓子は、「萩」「菊」「山路」「実り」の4種類でした。

半錦玉羹を使った雪平「萩」

つぶ小豆餡を使ったこなし「菊」

小豆こし餡を使った上用饅頭「山路」

ゴマ羊羹を使った栗入上南羹「実り」

毎月ついたちは「やまだいちの日。」
月にちなんだ手作りのお菓子を個数限定で販売しております。
2026年08月20日(木)

道中用心集
「長たびの
道具ハ
とかく少きを
よしと定めよ。
多きハ うき」
パンの元祖
パンとは元来スペイン語であるが、江川坦庵と言えば江戸時代末期の砲術家として有名。
その作になる反射炉なるものが東海道の三島の在にあるが、この人どこで覚えたかパンの製法を知っていた。パンの元祖がこんな処にあった。
戊辰の戦では西軍がパンを用いたところ便利であったという。
2026年08月10日(月)

道中用心集
「早く立
はやく泊ると
いふ人は
旅にて難は
なきとしるべし」
おでんの話
おでんの御先祖様は申すまでもなく田楽である。
江戸時代、田楽は農耕行事の歌舞なるも、その姿豆腐に串を打った姿に似たり。以って田楽豆腐なることばあり。
古川柳に
「田楽は昔は目で見 今はくい」